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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2195号 判決 1973年3月29日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対し連帯して金二〇五万七、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。」との判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(事実上の陳述)

一  控訴人

(一)  時効の起算日につき、さらに次のように主張する。

(1) 本件損害賠償請求権は確定判決による債権である。すなわち、控訴人に関する人身保護請求事件において被控訴人らの控訴人に対する人身拘束が不法拘束であると認定された判決は昭和三七年四月一二日上告審において上告棄却の判決の言渡しがあつて同日確定した。したがつて本件損害賠償請求権の時効期間は民法一七四条ノ二第一項により右判決確定の日から一〇年の時効期間が進行すべきものであるから、右確定の日から起算すべきである。

(2) 本件損害賠償請求権は、訴えの提起につき保佐人の同意のない間は条件が成否未定の請求権であつて、保佐人の同意があつたときに条件が成就して確定的に発生し、それ以前は期待権にすぎないものと解せられるところ、本訴提起につき保佐人の同意があつたのは昭和四六年二月三日であるから、その日に条件が成就し、消滅時効もそのときから開始する。

(二)  控訴人を不法拘束した石崎病院を経営する医療法人報恩会は、その後解散し、財団法人報恩会を設立したが、両者は役員、目的とも同一であるからその実体は同一法人の継続とみるべきであり、右不法拘束は右報恩会の職務の執行としてなされたものであるから、被控訴人太田広三郎は不法拘束当時の石崎病院長、かつ右両報恩会の理事として、同田中収司は財団法人報恩会会長として、本件損害賠償請求につき民法四四条一項及び同法七一五条一項により無過失責任による損害賠償責任を負うべきである。

(三)  本件損害賠償請求額の金二〇五万七、〇〇〇円の内訳けは次のとおりである。

(1) 不法拘束による慰藉料金九九万八、〇〇〇円

九九八日間の不法拘束による精神的肉体的苦痛に対し一日金一、〇〇〇円の割合。

(2) 名誉毀損による慰藉料金四五万五、九七一円

控訴人が重大な精神病者で一生涯病院から帰られないなどと虚偽の事実を控訴人の本籍地の人々に流布して控訴人の名誉を著しく毀損したことに対し、また被控訴人太田広三郎が控訴人は精神分裂症パラフレニーであるとか、被害妄想であるとかなどと裁判所において虚偽の証言をし控訴人の名誉を毀損したことに対し不法拘束期間一日金四五六円の割合。

(3) 石崎病院に支払われた病院費金一四万七、九〇〇円訴外根本侊男が控訴人の所有地を不法に売却し、その売却代金中より控訴人の病院費として石崎病院に支払われた損害金。

(4) 逸失利益金四五万五、一二九円

不法拘束により控訴人が耕作者として畑二反五畝四歩(一四万一、三八九円)、田二反四畝二七歩(三一万三、七四〇円)を耕作できなかつた二年八か月分の得べかりし利益。

二  被控訴人ら

右の控訴人の主張はいずれも争う。

(証拠関係)(省略)

理由

当裁判所は、次につけ加えるほか、原判決と同じ理由で、控訴人の本訴請求の不法行為に基づく債権は時効により消滅したものと認め、その請求は失当として棄却すべきものと判断するので、原判決の理由をここに引用する。

一  原判決書四枚目裏四行目中「第八号証」の次に「第二七号証、原本の存在及びその成立に争いのない第二五及び第二六号証」を、同五枚目裏五行目中「第五号証」の次に「、二七号証」を、同七枚目裏九行目一〇行目中の「右の如き事情は」を「元来準禁治産者はいわゆる行為無能力者として保佐人の同意を得て始めて完全に有効な訴訟行為をすることができるのであり、従つて、右の如き事情は、債権者の不在・病気などと同じく、」に改める。

二  控訴人の当審における主張について

(1)  控訴人は、本件損害賠償請求権は人身保護請求事件の確定判決による債権であるから民法一七四条の二第一項により時効期間は一〇年であると主張するけれども、右法条による確定判決とは、民事訴訟事件において請求権の存在することを確認しまたはこれに基づき給付を命じた判決であつて上訴により取り消しを求めることができなくなつたものをいい、人身保護請求事件において身体の自由が法律上正当な手続によらないで拘束されていることを理由に拘束者に対し被拘束者の釈放を命ずる判決は拘束の違法を確定するものであつて右にいう損害賠償請求権の存否を確定するものでないから、このような判決が確定したからといつて、その主張の損害賠償請求権が右の判決の確定したときから十年の時効期間が進行するものということはできない。したがつて、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

(2)  次に、控訴人は、本件損害賠償請求権は訴えの提起につき保佐人の同意のない間は条件成否未定の請求権であると主張するけれども、控訴人主張の不法拘束に因る損害賠償請求権は不法な拘束の継続にしたがい日日無条件に発生するものであつて、この場合被害者が準禁治産者であると意思無能力者、行為無能力者であるとにかかわりがない。したがつて、準禁治産者において不法行為により被害を蒙つた場合、これに基づく損害賠償請求権を行使することができるのは当然であつて、ただその権利を行使するために訴えを提起するにつき保佐人の同意を必要とするだけであつてこれをもつて条件付請求権であるということはできないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

(3)  なお、控訴人は、控訴人を不法拘束した当時の医療法人報恩会は解散し、新たに財団法人報恩会が設立されたが、両法人ともその実体は同一であり被控訴人らもその身分を継続したものであるから、被控訴人らは民法四四条一項七一五条一項により無過失損害賠償責任を負うべきであると主張するけれども、控訴人の不法拘束に基づく損害賠償請求権はすでに時効により消滅していることは前記説示のとおりであつて、右法条に基づく損害賠償責任に関する消滅時効の期間もその基本となつた不法行為の消滅時効にしたがうべきことはもちろんであるから、かりに被控訴人らにおいて控訴人主張のように両法人に身分が継続していたとしても、これが時効の完成を妨げることとはならないし、また同法条に基づきあらたに前記説示とは別の日から時効が進行すべきものではないからこの点に関する控訴人の主張は失当である。

(4)  したがつて、そのほかの点につき判断するまでもなく控訴人の本訴請求は失当である。

すると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。

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